いのちの森プロジェクト

歌ってよ!イジメ自殺をなくすために

≫ EDIT

『いのちの森』動画一覧







| いのちの森 関連情報 | 18:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

友人の映画


友人の映画監督、金 聖雄さんが創った映画が上映されるというので埼玉県の清瀬まで出かけた。
冤罪を扱ったドキュメンタリーで、50年前に起きた一家4人殺害放火事件の犯人として投獄され、48年間ぶりに釈放された(しかし、いまだに死刑囚であり、再審請求中)の袴田巌さんの日常を淡々と描いた映画である。

『袴田巌 夢の間の世の中』というどこか現実離れしたタイトルがついていた。金監督の前作も冤罪(狭山事件)を扱った『SAYAMA 見えない手錠をはずすまで』という映画だった。
冤罪に遭った当人にカメラを向けたこの二本の映画の中に共通しているのは、冤罪という理不尽に対する怒りは含まれてないということである。少なくとも、ぼくはそう感じた。
それを許す許さないという二極論とは違った視点から、これらの映画はできており、かつての先輩映画人たちが創ってきた闘争映画ではないのである。
この映画、皆さんの眼にはどんな風に映るか、是非観て頂きたいと思う。
2016.09.25 ぎん

| 日記 | 23:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

iPhone ガラス割れ(T ^ T)


一ヶ月前に機種変したばかりのiPhone6S、丸みを帯びた筐体、ツルツルとした触感、靴の紐を結ぶとき何度も胸ポケットから落ち、早くケースを買わなければと思っていた。
やはり、こんな日がきた。「Apple Care」に入っていれば、5,000円程度で新品に交換してもらえたのに、月々の何百円かを払うことをケチったばかりにこんなことになってしまった。
《iPhone、ガラス割れ》でググってみると、修理業者がズラッと出てくる。修理代金は機種によって違うのだが、iPhone 6が7,500円に対し、6Sはなんと17,500円と一万円も高いのである。なんでだよ~、なんでよりによってぼくは6Sを買ってしまったんだろうと後悔した。しかも、これに作業料が加算されるらしい。
何社か電話してみると、消費税込みで修理代金2万5千円から4万くらいまでと幅広い。できるだけ安く抑えようと探していると、ある業者は「安いところは不良パーツを使っているから後に不具合が出ますよ」などと脅してくるし(ー ー;)
修理代金が安くても不具合が出たら結局高いものにつく。競争激しい民間の修理屋さんがそんな金額なんだから、Appleストアに修理を頼めば、純正パーツを使うからもっと高いんだろうなあ。Macの修理は一律50,000だったしなあ。
恐る恐る電話してみると‥
「6Sのガラス割れは、12,800円に消費税となります」
「へ? Appleストア が一番安いんじゃん」
iPhone愛好家の皆さん、覚えておいてくださいね。
2016.9.24 ぎん

| 日記 | 00:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

喪のしごと


師匠の葬儀は「一日葬」と呼ばれるスタイルで執り行われた。通夜を行わず、告別式の同日に初七日の法要も済ませるというものである。葬儀社は奥様が事前に決められていた。
 
「お迎えの手配をお願いします」
病院で亡くなった瞬間から、悲しむ間もなく葬儀モードへと突入する。病院が師匠の身体を清めて整えている間に、ぼくはS葬儀社の担当Yさんに電話を入れた。
Yさんはすぐに遺体の搬送車を手配して、市の斎場の空き状況を確認するので、読経してもらう僧侶の予定を確認するようぼくに指示を出した。
告別式の日程を決めるのは、カレンダーにある仏滅、友引、大安などの「六曜」(というらしい)を見て選ぶものと思っていたが、実際にはそんな話題は一切出ず、斎場の空きと僧侶の予定で決まった。
何度かのYさんと電話でのやりとりで、師匠の告別式は5日後の11時半と決まった。ところが、Yさんから予約を入れようとした瞬時の差で、他にとられてしまい10時に変更になるということが起きた。
その理由は、斎場に併設される「火葬場」の予約状況によるものだということだった。火葬場を持たない他の斎場や自宅でのお葬式が火葬場だけを使用するケースもあり、たいへん混み合っているのだそうだ。
搬送車が病院に到着し、師匠の遺体は斎場近くの霊安所に移動することになり、ぼくと奥様は車で追従していった。
告別式までの期間、遺体をどう保管するかというのも大切な問題らしく、特に夏場に寺や自宅でお葬式を行う場合、霊安室がないのでドライアイスを毎日交換しなければならず、一日約1万円のコストがかかるという。
S葬儀社が所有する霊安所に預ける分には余分なコストがかからず、告別式までの間に親族や知人がいつでも故人に会いに来られるというのも有難い。
霊安室に無事に安置され、お線香をあげた奥様とぼくは帰途についた。そして翌日の午前、奥様の自宅にYさんが来て、告別式当日の細かな打ち合せが行われた。
その流れの中で、ぼくはS葬儀社とYさんの丁寧で不安を感じさせない仕事ぶりにたいへん感心した。それを奥様に伝えると、やはり同じように感じていた。
「この仕事、あなたに向いてるかもよ」
確かに、家族を失ったばかりの不安を取り除き、故人との満足するお別れを導く仕事である。演出家の仕事の領域とも言えるのではないか。その対価を適正に頂きながら、うまくやれば感謝される。
失業中ということもあって、残りの人生いいかもしれないと、リアルに思った。誰かのために生きる選択肢のひとつを見つけた。
2016.09.16 ぎん

| 日記 | 07:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

告別式の朝に…

午前4時、雨音が聞こえる。
ぼくは自宅から遠く離れた所沢の師匠宅にいて、5日前に他界した師匠のベッドに寝転がり、iPhoneでこれを書いている。
師匠は享年74歳。奥様は2つ年上の76歳。ぼくは師匠の余命が短いと知ってから、奥様をサポートするために見舞いに来ては泊まらせてもらうようになっていた。

(※犬の散歩中に近所で見つけたカカシ)
クルマの助手席に奥様を乗せて、自宅と病院とを何度往復したことだろう。その移動する車中で、あるいはスーパーで一緒に買い物をしながら、奥様といろいろな話をした。
最後の数週間、師匠は痛み止めの劇薬を貼っていたせいもあって、意識が覚醒しているかわからない状態で、意思の疎通もままならなくなっていた。
今日は笑ったねとか、目尻から涙が流れたのは、どんな夢を見てたのだろうかとか…、そんな話し相手になってあげることぐらいしかぼくにはできなかった。
師匠は余命が限られていることは知っていたが、それがどれくらいの期間なのかは知りたがらなかった。ぼくや他の友人に宛てた手紙には、余命三年と書いたり、五年と書いたりしていたようだ。
そんな話の延長で、奥様と「もし、自分だったら残された期間を知りたいか」という話題になったことがある。ぼくは迷うことなく、知りたいと言うと、奥様は、しばらく考えてから、私はそうなってみないとわからない、と言った。
実際、医者が奥様に伝えた余命は数ヶ月だった。奥様は頑張って病気と闘っているご主人にはどうしても言えなかったそうだ。
ぼくも奥様も、もっと先だと思っていたのだが、その日は意外にも突然訪れた。
師匠は自分の死期がわかっていたのだろうか。奥様とぼくは、師匠の呼吸が最後に静かに止まるまでを一緒に見届けた。
そして今から数時間後、師匠の告別式が始まる。
2016.09.15. 合掌

| 日記 | 05:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT